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その薬は本当に必要?医師が提唱する「薬のやめどき」

医療の専門分科が進む中、多剤投与の危険性への関心が高まっています。
『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』(日本老年医学会)では、薬物有害事象が増加する要因として、多剤併用、併科受診が挙げられています。
今回は「365日無休の外来診療と24時間体制」の在宅医療に取り組み、2016年には地域の介護職員のレベルアップを目的に「国立かいご学院」を開設、近著『痛くない死に方』、『薬のやめどき』を始め、多くの著書を世に送り出し続ける長尾クリニック院長、長尾和宏先生にお話を伺いました。


いま、飲んでいる薬は本当にメリットがあるのか?


―「多剤投与」について、長尾先生のお考えをお聞かせください。
薬にはメリットとデメリットがあり、その境界線は個人の属性によってそれぞれ異なります。
飲み始めた時はメリットが上回っていても、ある時点からデメリットが大きくなれば「薬をやめたほうがいい」と判断するのは当然です。

75歳以上の後期高齢者は、5人に1人が7種類以上の薬を飲んでいるというデータがあります。(※1)
ご本人は「薬が多いなぁ。」と漠然と感じていても「多剤投与」という言葉を知らない方がほとんどではないでしょうか。
医者も多剤投与に対する意識がまだ低く、容認しているのが現状です。
「なぜそうなるのか?」
答えは「複数の専門科にかかるから」です。
※1:『H27社会医療診療行為別調査_薬剤の使用状況』厚生労働省

高齢になると色々な病気が重なってくるのは、よくあることです。
例えば内科、消化器科、循環器科、泌尿器科と受診して、各科で3~4種類の薬が処方されると、すぐに10種類以上の薬が処方される計算になります。
1つの病気に対して2つ以上の薬を出すことを「併用」と言い、医療界のガイドラインは、この「併用」を奨めることが多いのです。
医者が患者さんに良かれと思ってガイドラインに従って薬を出すと、結果として多剤投与になってしまうことがあるのです。

―ご著書『薬のやめどき』では「薬のやめ方7原則」を提唱されていますね。
本では多くの高齢者の方が日常的に飲んでいる薬について医者と相談できるように、病態ごとの「やめどき」と「中止」のタイミングを具体的に述べています。



次の「薬のやめ方7原則」をベースにしていただければと思います。

1.自分で勝手にやめない
2.納得するまで医師と相談する
3.副作用や不具合が出たらすぐに相談する
4.できるだけ「かかりつけ医」に一元化する
5.まずは6種類以上の多剤投薬から脱却する
6.いきなりではなく、徐々に減らしながらやめる
7.やめて不都合が起きれば、主治医に相談の上一旦元に戻す

(引用元:『薬のやめどき』長尾和宏著)

かかりつけ医と一緒に薬を見直す時は「やめるパターン」も最初に見極めておきます。
A:自己決定型:時系列の中で患者側が決める
B:依存脱却型:徐々に減らしながらやめる
C:理論型:意味がないか、薬効より副作用が大きい場合

医者側も専門分科が進み過ぎて、統合的に全体を診ることが出来なくなってきています。
例えば専門医療が必要であれば、半年に1回とか必要に応じて病院と「併診」することは可能です。
普段はかかりつけ医で診てもらって、必要な時に専門医を受診するのは一般的なことです。

「多剤投与」の見直しは「かかりつけ医」に相談


―6種類以上の「多剤投与」では、どういったリスクが考えられるのでしょうか。
東京大学病院秋下教授の著書『薬は5種類まで 中高年の賢い薬の飲み方』に詳しく述べられていますが、多剤投与は副作用リスクが高まり、ふらつきなどの転倒リスクも高まります。

高齢者は「転倒骨折の予防」が非常に大事ですし、ほとんどの薬は肝臓や腎臓に負担をかけます。
一時的に10種類以上になることはあっても、後期高齢者が10種類以上も飲んで、良い効果は得られないでしょう。
薬のメリットよりも「多剤投与」によるデメリットの方が上回るからです。
医者の多くは専門外の領域にはあまり口を出しませんし、連携も出来にくい現状があります。

例えば、循環器の医者から薬がたくさん出ている。
整形外科からも複数出ていて「じゃあお互いに、薬を減らすことを検討しよう。」と話し合うことはあまりないと思われます。
日本人の大病院信仰、専門医志向によって、病気別に専門医にかかった結果、「多重受診」「多剤投与」になってしまうことが増えています。

―「多剤投与」を見直すために、私たちは何が出来るでしょうか?
この「多剤投与」に関しては、医者側まかせではなくて患者側からアクションを起こす必要があります。
「薬の量が多ければ多いほど良い」とか「薬を出してなんぼ!」と思っている医者が多いのは困ったことだと思っていますが、恥ずかしながらおられるのが現状です。

それを是正できるのは患者さんだけです。
言い出せるのは患者さんと、ご家族しかいないことを、まずは知っておいていただきたいです。

薬の一元化は、かかりつけ医に整理してもらうこと、優先順位をつけることが大事だと思います。

次に、減薬について考えてほしい。
減薬というのは、急に減らして、いきなりゼロにするのではありません。
優先順位の低いものから、階段を下りるように徐々に減らしていく場合もあります。



極端な話、当クリニックでは薬ゼロの方もいます。
本当はゼロが1番良いのです。
薬の長期投与が認められるようになり、1日の来院患者数が半減した病院が多数あります。
病院は出来高と言って、患者が来た分だけ診療報酬が支払われますから、その上、減薬というと医者も商売ですからやりにくいし、ジレンマがあるでしょうね。

―先生は長年「多剤投与」に取り組んでおられますね。
はい。僕は大学時代から、「多剤投与」「多重受診」「総合診療」「プライマリー・ケア」(※2)等の問題に興味を持ち40年間取り組んできました。
※2 プライマリ・ケア[Primary care]: 病気の初期診療。第一次医療(デジタル大辞泉)

薬というのは、そもそも「死ぬまで飲むべきものか」「やめどきがあるのか」という命題があります。
私の考えとしては、多くの薬には「やめどきはある」と思っています。

諸外国では、「薬のやめどき、中止基準」をはっきりと学会が決めているんです。
例えば認知症は、MMSE(ミニメンタルステート検査)という世界的スタンダードの認知障害の重症度を見出す検査方法があります。
欧米では、30点満点中10点以下くらいになると、薬の薬効が望めないため処方をやめることになっています。
一方、日本では死ぬまで投薬することが多いのです。
0点になっても、口から食事が出来なくなっても、管を通して抗認知症薬を投与しています。
不自然だと思いませんか?



なぜそうなるのか?
中止基準に関する情報を製薬会社が医者に伝えないからです。
薬の処方のガイドラインは、日本では製薬会社が主導しています。
製薬会社は一生商品を買ってほしいわけですから、「やめどき」には取り組みたがりません。
最近でも製薬会社の社員が医学論文を書いていたという記事が新聞に掲載されていました。

透明性とでも言いましょうか。

医療界というのは製薬マネーがないと、医学研究が成り立たない実体があって、きれいごとを言ってられないんですよ、みんな。
医局の運営なんかも製薬マネーに頼らざるを得ない。
そういう背景があって「多剤投与」に目を向ける人がいないし、まして大学病院の医局は研究費をもらっている兼ね合いで、誰もこんなこと言い出せません。

―なぜ長年「多剤投与」問題に取り組んでこられたのですか?
僕の親父は、うつ病を患って、ある大学病院にたくさん薬を処方される度に病状が悪くなり、高校3年生の時に自殺したんです。

医学部を目指した動機がそこにあり、今やっていることは「ライフワーク」そのものです。

高齢社会が加速していく中で、複数の病気を抱える人も増えていきます。
医学の専門分科が進み、医療も進んでいき、新薬がものすごい勢いで出るでしょう。
「良い薬だよ。使いなさい。」と、医療界に製薬会社主導のガイドラインが山ほど出てきます。
医者がガイドラインに従うのは、裁判が起きた時のリスク回避のためです。

例えば心房細動があって、血液をサラサラにする「抗凝固薬」を使っていなければ、脳梗塞が起きた場合「ガイドラインに従っていなかった」ために医者が裁判に負ける可能性があります。
逆に言えばガイドラインにさえ従っておけば裁判に負けないだろうという意図もあって、その通りに薬を出すことになります。
「ガイドライン医療の弊害」と言われる現象です。
エビデンスがあるからガイドラインがあると言うけれど、そのエビデンスは製薬会社主導で作られている部分があるんです。
薬と大学病院は非常に根が深くて、その表現型が「多剤投与」であるという考え方です。

現状、そういう問題があることすら知らない方が大半ではないでしょうか。
「薬のやめどきなんてあるわけないじゃないか。死ぬまでに決まってるだろう」と、言う医者も少なからずいます。
僕が言っているのはその反対なんだけど、正しいと思っている医者はまだ少ないと思います。
だけど、患者側から見たら当たり前のことでしょう。



僕が「多剤投与」に取り組む理由は「多くの人のいのち、尊厳を守れるから」です。
在宅医としてご自宅で平穏死された方を2,000人以上看取ってきましたが、苦痛に歪んだ顔で旅立った方を見たことがありません。
「薬のやめどき」を知ることが、「痛くない死に方」の必須条件と考えています。

「尊厳のある延命」のために、診療し、伝え続ける


―終末期ケアについては、痛みの不安を漠然と感じる方が多い