絵を描くことで認知症の予防・改善に繋がる「臨床美術」が注目を浴びています。本日は臨床美術士養成講座を開講している株式会社芸術造形研究所・代表取締役西田様、彫刻家・NPO法人日本臨床美術協会常任理事・蜂谷様にお話を伺いました。
画像提供:株式会社芸術造形研究所
注目を浴びている臨床美術とは?
臨床美術とは、楽しみながら創作活動を行うことによって、脳を活性化させる独自のアートプログラムメソッドを指します。東北福祉大学感性福祉研究所や医療機関でも検証が行われ、科学的な裏付けも整いつつあります。
MMSE(ミニメンタルステイトエグザミネーション)と呼ばれる、世界中で使われている知能テストがあります。MMSEを使って認知症の臨床美術による治療効果を測定すると、認知症患者のうち、7割が悪化せず、うち3割は改善との結果が得られました。(芸術造形研究所,2008)
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介護の現場でも広まりつつあり、参加者は臨床美術士の資格を持つ講師と共に、五感を使って作品を完成させます。作品が出来上がると参加者全員で感想を語り合い、「素敵ですね」といった 言葉を交わすなど、和やかなコミュニケーションが生まれます。
沖縄のデイサービスでプログラムを行った時の話です。
問題行動がある男性の方がいました。しかし、プログラムに参加すると、絵に熱中し「思い出の空」という作品を完成させました。美しい空が広がっている画面を見ながら、男性がこれまでの人生を振り返り、「自分が見ていた空はいつも晴れていた」と穏やかな口調で語り、周囲を驚かせたそうです。
なぜ、臨床美術はこんなにも高い効果を上げる事が出来るのでしょうか?
「人の誰もが持つ表現欲求を形にすることで、自己肯定感が強くなるのかもしれません」と西田さんは言います。
人は誰もが表現欲求を持っていますが、現代を生きて行く中で左脳的に物事を考えがちです。右脳的な感性で生き辛い世の中と言えるかもしれません。その中で、臨床美術は心を解放させてくれるのです。
誰でも楽しめるアートプログラム
「美術は誰でも楽しめるもので、特別な人達だけのものではないので、安心して大丈夫ですよ」
美術・芸術と言うと高尚なもの、難しいものと考えられがちですが、実は誰でも楽しめるものである、と蜂谷さんは話してくださいます。
出典:「なすを描く」 宇野正威(うの・まさたけ)/芸術造形研究所(2013)
例えば、認知症の方でもこのような「作品」を1時間半から2時間程度で創り上げることが可能です。
なぜ、このような「作品」を誰でも描けるのでしょうか。
「人間に備わっている表現欲求をプロのアーティストが考えたプログラムで支援してくれ、いつの間にか絵が描けるように細かなステップを踏ませる仕組みになっているからだと思います」
プロのアーティストが10人ほどで議論を重ね、プログラムは作り上げられます。そして、最後に、代表の西田さんが実際に誰でも出来るものかどうかを試します。そこで「誰でも楽しめる」と判断されたものが、参加者の皆さんに提供されます。
また、「仕立て」にも力を入れており、台紙や額縁などを用い、「作品」として部屋に飾ることでご家族との対話が生まれる、というところまで工夫が凝らされているのも特徴の一つです。
自己肯定感がカタチになる
今までで一番印象的だったエピソードはありますか?とお聞きすると
「はじめてお会いした時にずっと泣いていた認知症の方のご家族が笑ってくれたのが、嬉しかったですね」
と蜂谷さんは話してくれました。
その方は自分の親が認知症になり途方に暮れた末に、臨床美術の教室にたどり着きました。事務的な手続きの最中でさえ、「父は本当によくなるんでしょうか」と不安で涙が止まらなかったそうです。しかし、ご自分の親が臨床美術を通しプログラムを楽しんでいる姿を見ていくうちに、冗談まで言えるようになりました。その後、「絵が趣味になりました」と自分でも絵を描き始めてしまうほど、臨床美術との出会いは大きなものでした。
画像提供:株式会社芸術造形研究所
ますます広がっている臨床美術ですが、特にどんな方に届けたいでしょうか。
「基本的にみなさんに届けたいと思っていますが、あえて言うなら自信がなかったり、抑圧を感じたりしている人に届けたいです」
他人からの評価や能力など、左脳的に生きる事が社会では求められてしまいます。時には、自分自身を否定してしまい、自信を失っている方もいるかもしれません。対照的に、臨床美術は人が本来持つ表現欲求を適切なアプローチによって解放してくれるため、人間の本質である感性の部分で作品を作ることが出来ます。そして、その自分が作った作品が形となり目の前に存在する事で、自己肯定感を感じる事が出来るのかもしれません。
臨床美術士の活躍の場は全国各地で
臨床美術が楽しめる場は広がっており、これまでの導入実績は現在までに全国120か所以上にもなります。芸術造形研究所では現場のニーズに応え、臨床美術のプロフェッショナルである「臨床美術士」の育成に力を入れているようです。
画像提供:株式会社芸術造形研究所
臨床美術士には経験や習得度に合わせて、1~5級の資格制度があります。各地で臨床美術士として活動するにはだいたい4級以上の取得を目指します。
「40代~60代の女性が受講者として多いですが、男性も増えて来ています。特に定年後のセカンドライフとして、人の役に立てる、というのは社会で生きて行く実感を得られるのではないでしょうか」
ありがとう、と言われることがこの仕事で何より嬉しい、と蜂谷さんは笑顔でお話ししてくれました。
「臨床美術によって、美術が年齢・性別・人種問わず誰でも楽しめるものになっていって欲しいですね」
西田さんと蜂谷さんの想いはきっと近いうちに広がっていくのではないでしょうか。
臨床美術士に興味をお持ちの方のために、芸術造形研究所では、無料ワークショップを月に3回程度、定期開催しています。興味がある方はぜひ足を運んでみて下さい。
臨床美術士養成講座 無料ワークショップへの参加はこちら https://www.zoukei.co.jp/courses/workshop/
参考文献
芸術造形研究所『認知症を予防・改善する臨床美術の実践』(日本地域社会研究所,2008年)
宇野正威(うの・まさたけ)/芸術造形研究所『臨床美術―認知症医療と芸術のコラボレーション』(金剛出版,2013年)
会社概要
株式会社芸術造形研究所
芸術造形研究所様HP http://www.zoukei.co.jp/
執筆者
取材・文:GCストーリー株式会社佐藤
画像:株式会社芸術造形研究所
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