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喪失の哀しみを解放する専門家“グリーフ専門士”

今後の高齢社会に向けて、喪失の悲しみをケアする“グリーフケア”が注目されています。特に介護家族や医療・介護従事者へのケアは社会課題として顕在化することが見込まれ、各大学・研究機関での取組みが進められています。
今回は、大切な人との死別、加齢による身体機能の低下、怪我や病気など、様々な喪失による悲嘆を抱える人が、悲しみとともに自分らしく生きていけるように専門的立場からサポートする一般社団法人日本グリーフ専門士協会代表理事の井手敏郎さんにお話を伺いました。

アドラー流グリーフ(悲嘆)ケアで“ほんとうの気持ち”を解放する




―はじめに、グリーフケアとは何かを教えてください。

“グリーフ(grief)”は“悲嘆”という意味です。
日本には20数年ほど前に入ってきた概念で、まだ国内の認知度は高くありません。グリーフケアの捉え方には色々あって、一般的には“遺族支援”と理解されています。

私はグリーフ(悲嘆)には狭義と広義、2つの意味があると考えています。
狭い意味は死別で、大事な方を失って悲しみ、嘆くことです。
広い意味では死別に限らず、離別、怪我、病気、災害などの体験による悲嘆です。

私の経験ではグリーフを広い意味で見ることで、その人の死別悲嘆の重さに気づけると感じます。
回復に時間が掛かっている人の中には、死別以外の問題が絡んでいることが非常に多いからです。
それを理解するために、相手の背景を深く知ることを大切にしています。
つらい話を、ただ聴くだけにとどまらず、もっと広い視点で、その方と丸ごと向き合うような関わり方が望まれていると実感しています。

「グリーフケアをひと言でいうと何ですか?」と聞かれた時には「哀しみの解放」とお伝えすることがあります。
深い意味では、哀しみを解放できると“愛””を感じられます。哀しみの奥には愛があるからです。
例えば、カウンセリングで、怒りの気持ちを、目の前に相手がいるかのように出してもらうことがあります。
すると「なんでお父さん、私を叩くの、なんで、なんで?」とワーッと感情を出した後、「ほんとうはお父さんのこと大好きだったんだよ」という心の奥底の想いに触れることがあるのですね。その想いに触れて、はじめて楽になれたという方とたくさんいらっしゃいます。
その愛に気づくためには、辛かった気持ち、悔しかった気持ちと向き合うことが大切です。

―グリーフケアは新しい概念とのことですが、学ぶキッカケになる出来事があったのですか?

身近な人が亡くなったこともありますが、一番は左目が怪我でよく見えない状態になったことです。
小学1年生の時に、道に落ちていた長いプラスティックパイプを友達が振り回して左目をかすって、すぐに緊急手術、緊急入院をしました。手術後の治療がとても大変で、注射を眼球に直接、約3か月の入院で100本以上打ちました。
注射を打たなければ失明してしまうということで、看護師さんが2人がかりで私を抑えて、母も「頑張れ、頑張れ」と泣きながら一緒に抑えて、注射を打たせてくれました。

その後小学4年生の時に友達と遊んでいたら、サッカーボールが至近距離で左目を直撃して、当たった瞬間「また見えなくなる」と思いました。みんなに守ってもらったある意味、私にとっては見えなくても右目より大事な目です。
それまでのことが走馬灯のように駆け巡りました。痛みなんかよりも「見えなくなった。これをお母さん、お父さんが知ったらどうなるだろう。あんな思いをして守ってくれたのに」と感じました。
こんなサッカーボールで、手術したこと、注射したこと、みんなに心配かけたこと、全部がパーになったと思ったら、いたたまれなくて、親に心配させないように虚勢を張るのが精一杯でした。

中学・高校生になって、喪失を連想させる“死”に対する関心が強くなり「人間は必ず何か失う。大事なもの失くす。この痛みと向き合うのが自分の人生の課題かもしれない」と考えました。

―アドラー流グリーフケアは独自のメソッドと伺っています。どのように研究されたのですか?

大学在学中、哲学、思想、宗教、心理学を片っ端から学びました。縁あって僧侶になろうと仏門を志し、実際20年ほどその立場にいたのですが、一つの教義に縛られることに疑問を感じるようになって立場も信仰も手放しました。
その後、日本、アメリカ、ドイツ等、複数の団体でグリーフケアやカウンセリングを研究しました。

国内外で色々な先生方のお話を伺って、アドラー心理学、ゲシュタルト療法、ヒプノシスなどの心理療法をはじめ、カウンセリング、コーチングの技術を横断的に活かした独自のメソッドを構築して、現在に至ります。

日本グリーフ専門士協会のミッションの一つは、グリーフケアをもっと身近にすることです。お茶を飲みながらでもいいので「ゆっくり大切な話をしませんか」という形で、カウンセリングがもう少し手に届きやすくなることを目指して活動しています。


哀しみは自然な反応―味わうことで“再生”できる




―なぜ、アドラー心理学をグリーフケアの軸に据えたのですか?

私自身、かつてもっていた信仰を失った中で、アドラー心理学に力を得てきました。
またアドラー心理学とグリーフケアは基本的に、その人に起きている感情や状態は“自然な反応”だと捉えている点で、とても親和性があります。
アドラー心理学では「精神的に病んでいるように見えても、その人は“病気の人”ではなくて一時的に辛いことがあって勇気が挫かれている人」と捉えます。
大事に思っていた人を失ったら、数か月ショックが続いてもおかしくないし、学校や会社に行きたくないのも当たり前です。それを病気ではなく正常な反応であると考えるのがグリーフケアです。

そのような状態の人は現実の課題もたくさん抱えています。「大事な人が亡くなって、これからどう生きたら良いのか?」という課題です。そんな方々にとって、アドラーの知見は大きな力になります。

―日本グリーフ専門士協会オリジナルの『グリーフのスパイラル』について教えてください。

喪失体験をすると自分の心の哀しみが中心にあって、それに囚われてしまいます。
亡くなった哀しみは和らぐことはあっても完全に消えることはありません。
グリーフの重い人はその哀しみに囚われてしまうため、日常の中で自分のやるべきことができないわけです。

遺族の心理的プロセスを“らせん状”で捉える『グリーフのスパイラル©2015日本グリーフ専門士協会』の図でご説明すると、まず悲嘆の本質を「哀しみ」と捉えます。

【グリーフのスパイラル©2015日本グリーフ専門士協会】





「悲しみ」と書かず「哀しみ」と書くのは、死別の感情は、一言で表せないもので、一般的な悲しいという気持ちに加え、辛い、悔しい、愛しいといった気持ちが複雑に絡み合っているからです。
この哀しみを中心に、必ずしも順番通りに進むわけではありませんが、混乱、否認、怒り、抑うつ、諦め、転換、再生の7つの局面を何度も「らせん」を描きながら“再生”へと向かっていきます。

表面的な状態は変化しても、支援者はその奥にある哀しみからあふれ出たものであると理解します。
例えば怒りをあらわにし続ける人がいても、グリーフの初期段階に留まっているわけではなく、刻々と変化しながら再生に向かって進んでいると強く信じて関わり続けることが大切です。

グリーフによって引き起こされる感情や身体的な反応は、哀しみを抱えた自身を守るために必要なものばかりです。
私たちの関わりで目指しているのは“再生”という状態です。哀しみはあるけれど、少し横に置くことができるようになること。哀しみは消えなくても、それに囚われずに自分らしく生きられる状態がグリーフケアの1つの目標です。
そこに至るためにはそれぞれの感情を味わうことが必要です。感情を押さえ込んだまま前を向こうとすると無理が生じます。
自分の心の奥にある本当の気持ちに気づけると、新しい世界や、新しい出会いが開けてくると思います。
グリーフケアはある意味、自分の奥底にある本当の気持ちに触れる取り組みなのです。

喪失体験をした誰もが、いつでも“心のメンテナンス”を出来る場所


―日本グリーフ専門士協会では、どのようなスタンスを大切にしていますか?

グリーフケアは、できるだけゆったりとした空間で、自分の気持ちを感じながら“語り直す”ことが大切です。
「他では話せないけれど、グリーフ専門士がいる場所だから安心して話せる」という場所がもっと必要だと思います。



自分らしく進むためには何度も繰り返し語ることが必要です。1回か2回は友達に聞いてもらうこともできるかもしれませんが、同じことを何度も言うことはできないという方も少なくありません。
尽きない想いを何度でも語れるように、専門性をもってしっかりお話を伺うのがグリーフ専門士の役割です。

また、グリーフを抱えた方は大きな哀しみに加え、生活上の課題がたくさんあります。悩みを打ち明けられた時に「それは大変でしたね」と耳を傾けるだけでは解決できないことも少なくありません。
語る中で感情を味わってもらうだけではなく、本人が自分の課題と向き合って行動が起こせるような関わり方もグリーフ専門士の養成講座では伝えています。

グリーフケアは死別だけではないとお話しましたが、つらい気持ちの方がゆっくり想いを語ることで楽になって、実生活に戻って、また何か喪失体験があった時には、調整や休憩ができる場所(安全基地)でありたいです。
自動車レースに例えると、走っている人にエネルギーがある間は存分に走り続けてもらって、トラブルが起きたら一旦ピットインして燃料を入れたり、微調整をする。また走り出す時は「いつでも来てね」と無事を願いながら暖かく見送るようなイメージです。
人生のピットインがいつでもできる存在がグリーフ専門士の目指すものです。

私たちは専門家としてのプロ意識はありますが、何より人として関わることを大切にしています。だから一緒に哀しむだけではなくて、一緒に笑ったりできる存在になりたい。
その意味で、いつでもピットインできる場所が地域に存在していることが大事です。



―印象的な事例があればお聞かせください。

講演前に「私は父を看取れなかったんです」とおっしゃる方がいて、立ち話ながらお父様との経緯を伺いました。
介護施設に入られていて、毎日当たり前のように通っていたところ、職員の方に「明日は空調の工事があるので」と言われて偶然行かなかった日に、お父様が亡くなられたとのことでした。
「なぜ、私はあの時行かなかったのか。あの職員に従ってしまったのか」と自分を責めて、職員の方を恨む気持ちもあって、罪悪感に苛まれて、誰にも語れなかったとお話くださいました。
気持ちを伺う中で「お父様と自分は、確かに自分なりに関わって、精一杯やってきたんだ」と、お父様との楽しい時間を感じてもらう関わりをしました。

「その時にいるかいないかよりも、これまでどう向き合ってきたかという関わりが看取りだと思います」とお伝えすると、「私は看取っていたんですね」と、その場で号泣されたことがあります。
自分を許すことができた瞬間だったのかもしれません。

―最後に、今後どのような“グリーフケア”を広げていきたいか、お聞かせください。

私はもし、自分が亡くなった時に、自分の子ども達や両親や家内の話を聴いてくれるような優しい社会になってほしいと心から思っています。

アドラー心理学の言葉で言うと“共同体感覚”を自分自身や周囲の方が得られるようになることが、協会としてのゴールです。
共同体感覚とは、ここにいていい、繋がっている、という気持ちです。
具体的には、自分自身を認められる、周りが信頼できる、コミュニティの中で役に立っている感覚、この3つが揃った状態が共同体感覚です。

つながりを感じたり、上手に手放したりしながら、これまでの人生から自由になり、残りの人生と向き合えるようになる。
最終的には“グリーフケア“の概念がいらないくらい、みんなが当たり前のようにお互いに哀しみに耳を傾けてくれて、応援してくれて、どこからでも見守ってくれる、アドラー心理学で言う”勇気づけ“ができる人たちが世の中に増えたらいいですね。
そうなるまでには、もう少し時間が必要です。それまでは、この概念を伝えていく意義があると思っています。

まずは「そういう取り組みがあるんだ」と知ってもらいたいです。
そして、私たちの関わりの中で、自分の経験を生かして支える側になりたいと思ってもらえると嬉しいなと思います。そんな方にはグリーフケアってどんなものか、私たちが開いている無料のWEB講座だけでも聴いていただきたいですね。



お問い合わせはこちら

toshi@grief-care.jp

組織概要

一般社団法人 日本グリーフ専門士協会
HP:https://www.grief-school.com/

哀しみの自己診断チェックリスト:http://grief-care.jp/check/

日本グリーフ専門士協会ブログ:http://grief-care.jp/

参考サイト

「第22回生命表」(厚生労働省):
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/22th/index.html

「地域包括ケアシステム」(厚生労働省):
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/

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