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いつか迎える「その時」のための情報提供と心の支援

世界銀行の統計(2015年)によると、各国の総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は日本が世界第1位26.3%、2位イタリア22.4%、3位ギリシャ21.4%と続いています。
2016年9月には総務省が日本の高齢者の割合が27.3%、国内における80歳以上の人口が1,045万人と、前年に続き過去最高となったことを発表しました。
今回は、終活ジャーナリストであり「ライフ・ターミナル・ネットワーク」代表の金子稚子さんにお話を伺いました。
金子さんは、雑誌・書籍の編集者や広告制作ディレクターとしての経験を生かし、執筆、講演、相談業務、各専門家との橋渡し等、多岐にわたり活動をしておられます。
ご主人は、2012年10月に他界した流通ジャーナリストの金子哲雄氏です。


いつか迎える「その時」に知っていてほしいこと


―なぜ「終活ジャーナリスト」として、講演やメディア出演等、幅広く活動されているのですか?
夫の闘病と死に並走しながら、医療や死に関する情報があまりに偏っている&少なすぎることに、夫とともに非常に驚いたからです。これは、亡き夫から私自身が引き継ぎされたことでもあります。

私たちは、亡夫が残した「死ぬことと、生きることは同じ」という死生観のもとに、いつか迎える「その時」が近づいたご本人やご家族、大切な人と死別した方に対して、さまざまな支援を行っています。
日常生活ではなかなか実感できないことかもしれませんが、死を前にした時、その現実が身に迫ってくる厳しさと重みを、大切な人と死別した私たちは、体験を通してよく知っています。

死ぬことも、生きることも、“誰かに代わってもらえるもの”ではなく、また誰かに強制されたり、教えられてできたりするものでもありません。
私たちは、死だけを特別視しませんし、死をないものと考えることもしません。
人は必ず死ぬ、という事実を深く受け止めた上で、死を、ひとつの通過点として捉えることを前提としています。

私自身、亡くなった人とのつながりを感じて、日々感謝の中に生きている、この生き方をとても幸せだと感じています。
大切な人を亡くして、悲しみにくれている人たちもいるけれど、悲しみにくれているばかりではない人たちもたくさんいて、そういう人たちの発信が少ないことが気になります。
老化や病気、もしかすると感情も、肉体である「体」があるからこそ味わうことが出来るのではないでしょうか。

以前、ある講座でお話をさせて頂いた時に「患者さんを怒らせたまま、死を受容させないまま失わせてしまった」と、元看護師の方がおっしゃったことがありました。
がんの患者さんで「何で俺は死ぬんだ!何で俺は死ぬんだ!こんな体になって!」という怒りのまま亡くなられて、その死に顔もとても厳しかったそうです。
そして、その方は、ご本人にも、もちろんご家族にも何の言葉も掛けられず、怒らせたまま死なせてしまったことがショックで、看護師を辞められたと。

その方が「金子さんの話を聴いて、何か少し光が見えたような気がする」とおっしゃるので、私は「なぜ怒ったまま死んじゃいけないんですか?」とお尋ねしたんです。
「確かに“死”は大きな区切りですけれど、笑顔“で“なきゃいけないとか、怒りは”悪い“感情というのはあなたの評価で、その人自身がどうだったかはわからないですよね」と。
死で終わりにするのではなく、その先もあると考えたら、例えば怒りも、その時、そこで生きているその人自身の大切な感情ではないでしょうか。
ある人が死んだ後、「死の受け止め方」は本当に人それぞれです。それこそが死別経験者たちの得がたい貴重な体験だし、また豊かな感性とも言えるもの。そして、そういう人たちの声が死のイメージを変えていくと思うのです。
自分がその時に思ったこと、受け止め方を変えていくのは大変で時間がかかることですが、必ず変わっていくものではないでしょうか。
いいとか悪いとかという評価を抜きにして、今後はそういった発信やシェアにも注力していきたいと思っています。



―死が迫った家族に怒りや悲しみをぶつけた後悔を長年抱える方もいらっしゃいますね。
むき出しの感情をぶつけることが許される関係だったことの方が、大事なのではないでしょうか。
私は夫のことに関してあまり後悔はありませんが「もうちょっと、自分の感情を出しても良かったかな」とは思います。
夫は非常にサービス精神が旺盛ですし、ユニークな愛されキャラだと思います。
ほんとうに死ぬ寸前まで「稚ちゃん、人生は素晴らしい!こんなに素敵な出会いが最後の最後まであるなんて!」と言っていました。

大切な人だからこそ「やりたくない」と言ってもいい


―現在の活動を始めるキッカケを教えてください。
ある会に参加した時、“別れ”をテーマに話し合ったことがありました。
ある男性が、お母様を長年介護してきて「死に目に会わせてもらえなかった」と医療職にものすごく怒っていらしたんです。
思わず「別れって、ほんとうに悲しみだけなんでしょうか。死別って別れなんですか?」とポロッと言ってしまいまして。
そうしたら、お隣の若い医療職の方が「そうですよね」とハラハラと泣き始めたんです。
1ヶ月前に大好きだったおじい様を亡くされていて、ふとした時に「泣いてちゃダメだよ」とか、亡くなったおじい様の声が聴こえると。
「これはおかしい!私はおかしくなった!」と思っても、祖父の声が聞こえてしまうのもまた現実。だから、それも無視できなくて、気持ちの持って行き方が分からない、と泣いていました。だから、思わず「(それで)いいんじゃないんですか?」と言ってしまったんですが。

他にも、数十年前に生き別れた肉親が亡くなりそうなので看取ってくれと連絡があって、自分は介護職だから仕方なく看取ったという方もいました。
お互い「この人、誰?」の状態で再会して、特別な感情も持たずにプロとして看取ったところ、死んだ後の方が亡くなった肉親を身近に感じる、と。亡くなった人と今も色々話しますけどこれもそうですよね?とお話されたり。

それがスタートですかね。「これをシェアしたい!」とその時思ったかなぁ。
「デス(死)あるある」。それこそ“あるある”です。色んな体験があって、話を聞くのが大好きです。
こういうことも、もう言っていいんだっていう空気を作りたいですね。

―笑顔で優しく出来ないことに罪悪感をもつ介護者の方のお話もよく聞きますね。
家族や大切な人なら、やりたくないことは「やりたくないから。そんなこと」とか、「ごめん。休んでいい?」とか、言っても良いのではないでしょうか。
私は「縁カッター」と自称していますが、そういったご相談をいただいた時は「キレて良いんじゃないんですか」とお答えすることがあります。
少し休んだくらいで切れてしまう縁なら、それまでのことです。死んだ後に切りたいような縁なら、生きている今に切ってもいいと思いますよ。現に、切って逝く人もいます。
絆とか、ご縁は、その時に必要なのであって、必要がなくなったら切れていくものだと思います。だから、切っていい。「切りたい」と思ったその時は切っておけばいいと、私はお伝えしたいです。
だけど、死別後は長いから、ひょっとしたら10年後に「あ!亡くなったお父さんどうしてるかな?」と、父の愛を感じる時が来るかもしれませんよね。
死ですべてを終わりにしてしまうのではなく、通過点として捉えると、こういう受け止め方もできると思うのです。

“こうしなければならない”という規範やマナーががんじがらめにその人の生き方を決めていても、死が近くなると、本人が「俺は本来こんなじゃなかった」と気がつくこともありますよね。
規範の通りに生きて、死ぬ間際に大変な後悔をしても、それも自分の人生で大切なものだし、その時の後悔や思いを、例えば子や孫に伝えたいなら伝えて逝く。これも大事な「いきかた」だと私は思っています。美しく綺麗に整えようとする必要はないのではないでしょうか。

死の近くにある人のメッセージというのは大変に強いです。そしてその方の経験は一対一で伝わっていく。例えば同じ父親を亡くしても、兄と弟では全く受け止め方が違いますし、その受け止め方も、その後にそれぞれ変化していくでしょう。
生き様で、死に様で、十分に伝わっていきますから、「生き抜く」、まさに、生きて、抜けていく、そこで終わりにしない、という死へ、多くの人の死の捉え方がもう少し変わっていったらと思っています。

目に見えなくても感じるものに感謝し、共に生きる


―“こころ”の痛みのケアについてはいかがでしょうか。
医療ケアから一歩進んで、亡くなっていく人が抱くという死を前にした時の苦しみ、いわゆるスピリチュアル・ペインをどうやって支えるかは、様々な方が取り組んでおられます。個人的な体験ですが、死を前にした夫とこのことを話していた時、まさに医療が届かない苦しみだと思いました。
「生きてきたように人は死んでいく」というのは、まさにその通りではないでしょうか。
死は、少々軽い比喩ではありますが入試や就職試験の如く、違うステージに進む、という捉え方もできます。様々なセオリーや心構えを教える人はいるけれど、でも「やるのは、自分」ですよね。
また、セオリー通りにやれば通過出来るかと言うと、そんなこともありませんね。厳しいですが、支えはあったとしても誰も代わってはくれません。
スピリチュアル・ペインについては、危篤から医学的には説明のつかない回復をした夫と、いろいろ話しました。その時の体験と、死別後に今私が得ている感覚とは地続きにあるもののようにも感じています。まだ文章で表すことはできませんが、いつかこのことも書いてみたいと思っています。

「目に見えないもの」は、皆さん信じないっておっしゃいますが、見えなくても感じているものもありますよね。
例えば、“音”は見えないですね。“香り”も見えません。だけど、感じていますね。それと同じような感覚のものがあるはずです。
私が聴いている音も、一緒にいる人がまったく同じように聴いているかは、わかりません。
そんな、目に見えなくても感じるものがたくさんある中で私たちは生きているということに、皆さんに気がついてほしいんです。
同じような感覚で、私は死別後も亡夫の存在を感じています。だから私にとっては、死別とは喪失ではなく、関係の変化です。死別とは死を境にして、亡くなった人との新たなお付き合いをスタートするものだと理解しています。
多くの死別経験者が同じような体験をお話しくださいますよ。もちろん話す相手を選んでいるとは思いますが。だから、亡き人の存在を感じたら、証明できる・できないなどは関係なく、その人は“感じた”でいいと思います。大切な人と死別した人が、亡き人の存在を感じることで、悲しみからちょっと距離を置けたり、前に向かって進んでいける、そのことの方が大事なはずですから。
ちなみに、亡くなっても、ほんとうに密な人からは「100%心からの応援」しか伝わってこない気がします。だから「あー、ほんとうにありがたい存在だな」と私はいつも思っています。
まぁ、亡夫は生前と変わらず好き勝手してますけれど、好き勝手しながらも、応援してるのが分かるので“有り難さ”しかありませんが。
亡き人を感じながら感謝と共に生きていくのは、日々幸せですし、エネルギーをもらえるものです。



―これまでのお話から、強い結びつきを感じる方が多いのではないでしょうか。
出会った時は最悪の印象でしたが、金子の性格や私の忙しさから考えればあり得ない長電話をしたことがあって、その時に「あぁ、私この人と結婚するんだ」と分かりました。
くっついているだけで安心するような、私にとっては心地良い人でしたね。
傍から見るとめちゃくちゃな人なので、「奥さん大変でしょ」と言われることもありましたけれど、私自身も欠落したところの多い人間なので、よく「2人でようやく1人分の人間です」と周囲に話していました。

病気がわかった後は、あまりに厳しい状況に、夫のことを分かっているとは全然思わなかったし、またお互いに精神的に離れていっていると感じることもありました。
でも、いわゆる「お迎え」を数多く体験していくうちに、真の意味で死を実感できるようになり、「あの世」の話、死の先の話を共有出来たことが、夫も私も大きく変わっていくキッカケになりました。生から死へ、また死の先まで続く関係を結び直すことになったと思います。
ちなみに「お迎え」は、全員が全員体験できるわけではなさそうですが、医学的に説明可能なものです。



―「ライフ・ターミナル・ネットワーク」の今後についてお聞かせください。
多くの人が、死で終わり、としています。たしかに死は、大きな区切りになると思いますが、「終わり」として、その先を「無」であると無意識にでも思ってしまっていることから、必要以上の恐怖や苦しみがあるように感じてなりません。
死の先に何があるのか、どうなっているのかは、死んでみなければわかりません。でも、大切な人が亡くなった後、どうなるのか、その人とどんな関係になるのかは、多くの死別経験者が知っているはずです。多死社会を迎える今、これを私たちは、もう一度深く受け止め直し、確認する必要があると思うのです。
そういう意味でも、死の後、つまり葬儀や供養が形骸化していることもとても気になります。また、死で、医療や福祉、葬儀や供養の専門家が分断されており、さらにそれら専門家からの情報発信「だけ」が広まっていく現状も、とても気になります。
こうした専門的な情報発信を、点ではなく線で受け取れるかどうかは、私たち自身の問題です。ライフ・ターミナル・ネットワークは、死の前後にある、数多くの「答えのない問い」にどう対していけばいいのかを考えるとともに、超高齢多死社会において、多くの人の死生観の再醸成に貢献していきたいと思っています。

お問合せはこちら

組織概要

ライフ・ターミナル・ネットワーク HP:https://www.ltn288.net/
株式会社LTN HP:http://www.ltn.co.jp

参考文献

『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』金子 哲雄著(小学館)
『金子哲雄の妻の生き方 夫を看取った500日』金子 稚子著(小学館)
『アクティブ・エンディング〜大人の「終活」新作法〜』金子 稚子著(河出書房新社)
『人は死ぬ時何を見るのか 臨死体験1000人の証言』カーリス・オシス著(日本教文社)

参考サイト

世界銀行「Population ages 65 and above」:
http://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.65UP.TO.ZS?
総務省統計局「高齢者の人口」:
http://www.stat.go.jp/data/topics/topi971.htm
一般社団法人 日本医療コーディネーター協会 HP:
http://www.jpmca.net/
現代の看取りにおける「お迎え」体験の語り:http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/20443/1/da009010.pdf

執筆者

取材・文:gCストーリー株式会社 阿南
画像提供:ライフ・ターミナル・ネットワーク

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